中道の憂鬱・第2章
社民党のあいまいな位置についてふれたくて昨日、中道の憂鬱というタイトルにしました。中道という言葉を選んだわけは、公明党に関しても興味があったからです。正確にいえば、同党の現在に関心が多少あったりするのです。
社民党と公明党は、政権というものを軸にして考えると、ちょうど立場が逆転してしまいました。前者は連立し政権入りし、後者は、選挙に破れ野党になったのです。ただし、政権内での両党の重みは、それこそ雲泥の差ほどの違いがある。公明党のほうが、はるかに重い。なぜなら、公明党の議席は、連立の不可欠の要素であって、それを欠いては自民党が政権を握りつづけることは不可能であったわけですから。それに比べると社民党の位置なんて、民主党にとってどうってことない。社民党の現在は、07参院選前後の状況を見極めた小沢の臭覚にほとんど拠っているといっても過言ではないでしょう。参院選とその後の今年の衆院選での民主党の議席増は、つまり大幅な得票は、今日までの構造改革路線にたいする強い反発の意思も込められていたというのが大方の見方であって、社民党と連立を組むのは、それにたいする一つの応答でもある。ただ、今でも民主党は、選挙に支持されたのだからという、傲慢とも思える態度に出ることがしばしばありますから、今後、社民党との連立の位置づけは状況次第ということになるでしょう。前エントリーでのべたように民主党の絶対多数こそ小沢が目標としているものですから、それが来年、参院選で仮に達成されれば、社民の連立離脱の可能性は格段に大きくなるとみてよいでしょう。そうでなくとも、すでに米軍基地移転問題では、格好だけでも社民党に配慮をせざるをえないわけで、やっかいだし、逆に、そろそろ連立に加えた矛盾が現れているとみなければなりません。
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事業仕分けは、賛否両論あるものの、国民の一定の支持を受けたという意味で政権は溜飲を下げたことだろう。削減額は、当初の思惑からすればけっして満足できるものではないにもかかわらず。税収がなお落ち込むことが想定されるだけに。
しかし、仕分けという手法は、構造改革を継承する性格をもっている。現実に今回も対象のなかに国民にとって削ってほしくない、ならない項目があって、反発が生まれた。科学技術をめぐる会場でのやりとりとその後の一連の動きは、このことを象徴する出来事だった。聖域をもうけないといいながら、仕分けにはなじまない、政治の判断を待つなどという口実で手をつけなかった、たとえば思いやり予算などが一方であった。
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