最低賃金引き上げを阻止するための方法。。


「花・髪切と思考の浮游空間」に以下の記事を公開しています。
[百貨店をもちだし最低賃金を上げるなと叫ぶおかしさ

逆立ちした議論というものが世の中にはあります。これもその一つ。
最低賃金を上げると百貨店の客数が減るというのですから。それが事実かどうかは、この際、措くとして、最低賃金アップを阻止するために百貨店を持ち出すところが実におかしい。いやいや、この人物が最低賃金引き上げをさせまいともちだすのは、百貨店だけではありません。
最低賃金1000円をめざすという民主党がかかげるマニフェストに噛み付くことから、小宮 一慶という人物の議論ははじまります(参照)。民主党の支持基盤の一つである連合がそう主張しているのは承知していますが、同党が最賃を本気で1000円にしようと思っているかどうか、どうもそうとは私には思えませんが。けれども、働いても働いてもまともな暮らしができない働かせ方を、公然と認めるような社会から早く脱却しなければなりません。小宮にみられるような議論は、その意味で無視できないと考えるのです。
中小企業から議論が始まるのが、まず欺瞞的です。

都市部には、すべての従業員が最低賃金で働いている企業はないでしょうが、地方に行くと、数人の正社員を除き、それに近い状態の中小零細企業は少なくありません。そういう企業では全体の労賃が4割近くも上がります。最低賃金で人を雇わざるをえない企業は十分なお金を支払うだけの余力がない、つまり、儲かっていないから、そうせざるをえないわけで、ぎりぎりでやり繰りしていることも少なくないのです。そういう企業に対して、強制的な賃上げが国によって命じられたら、経営破綻は目に見えています。さもなければ、人員を減らすという選択になります。

最低賃金をあげると中小企業は大打撃を受けるというわけです。ですが、そもそも高い技術力をもつ、わが日本国の中小企業の経営を規定する大きな一因は、中小企業を思いのまま使っている大企業の安い下請単価でしょう。国家財政のうち中小企業対策費を充実させるのはもちろんでしょうが、そうした環境に置かれている中小企業と、大企業を同じように扱えというのではありません。支援策、一定のモラトリアムを設けることが必要でしょう。最低賃金が低く抑えられることによって、つまるところその恩恵を受け、もうけをあげているのは大企業にほかなりません。
彼によれば、最賃が1000円に引き上げられた場合の青写真をつぎのように描いています。

景気の悪さも手伝って、消費者物価がどんどん下落しています。デフレで明らかに需要が不足しているなかで、人件費の上昇分を商品の値段に転嫁することは、不可能なのです。
ではどうするか。企業は最低賃金の上昇によって増大した人件費分を削減するために、最低賃金以外の給料で働いている正社員の給料を下げるか、従業員の何人かを解雇することで、コスト増大を抑えるしかありません。それによって失業者が増える。それでも賃上げ分が吸収できない場合、経営者はどうするでしょうか。
そうです、製造業なら、中国やベトナムといった人件費が安い海外に工場を移します。その結果、最低賃金で働いていた人たちも職を失うという最悪の結果になります。これは国としても大きな損失で、高い人件費に悲鳴を上げて海外に出て行ってしまう企業が増えれば、産業の空洞化がさらに加速するのです。

しかし、これは、最低賃金が上がる上がらないにかかわりなく、80年代以降、大企業が乗り出した利潤追求策でした。経済グローバリズムがいっそう進み、多国籍企業が世界中で大企業の普通の姿になった。いくつもの国に工場や事業所をもち、最大の利益を確保できるように活動してきたのです。トヨタは07年現在で世界26カ国に52の生産拠点をもっているといわれるように。ですから、彼があえてここで、こうした企業の海外移転をもちだすのはごまかしといってもよいでしょう。最低賃金の引き上げを阻止するために、つぎに小宮が引き合いに出すのは、消費です。彼はこういいます。

最低賃金の引き上げによって所得が増えた人は、どんなものの消費を増やすでしょうか。もちろん車やブランド品ではありませんね。答えは生活に密着したものです。わかりやすいのが食べ物です。150円のカップ麺を食べていた人が180円のカップ麺を食べるようになるとか、あるいは肉や魚を食べる回数が増えるわけです。そうなると商店やスーパーの業績はよくなるかもしれません。
一方で、日本全体の賃金の総額は変わらない、つまり製造拠点の海外移転といった産業空洞化が起こらないという前提で最低賃金をアップする場合、真っ先にしわ寄せを受けるのが正社員です。たとえば、お父さんが40歳の正社員で、専業主婦で36歳の妻と、育ち盛りの子供2人がいる家庭を想像してみてください。家のローンはある、子供の教育費もかかる、年老いた親の面倒も見なければならない、お父さんの給料が下げられたら、この家庭は生活必需品の消費量は変わらないとして、それ以外の高級品や不要不急のものの購入を手控えるはずです。

逆立ちしているのはこの部分の主張です。現実の日本国で、生活必需品も手控えざるをえないような現状があることに彼の関心はまったく向かず、相対的に余裕のある(と彼にはみえる)階層に着目する。高級品や不要不急のものの購入を手控えて生きていけるでしょうが、生活必需品すら手控えざるをえない人びとがいる。それで、のちに彼がいうようなはたして人間的な生活が保障されたといえるのか。
さらにデタラメはつづきます。

最低賃金を上げることが、果たしてワーキング・プアの人たちを救うことになるのかという、根本的な疑問もあるのです。
時給1000円未満で働いており、この最低賃金アップ策で恩恵を受ける人というのはどんな人たちでしょうか。おそらく地方の中小工場、あるいはスーパーやコンビニなどの商店で働いている人たちであり、その多くが主婦のパートや学生アルバイトでしょう。主婦のパートや学生アルバイトの場合、彼らの多くは夫の給料や親からの仕送り、あるいは親と同居で暮らし、家計の足しや小遣い稼ぎのために、こうした仕事に従事している人たちであり、国の政策として賃金をアップさせなければならないほど、困窮しているわけではないのです。時給1000円というのは、1日8000円、月に17万円程度の給与です。年収では200万円程度です(主婦のパートの場合、夫の扶養家族となるために、年間102万円の所得の範囲で働いる方も少なくありません)。
ワーキング・プアと呼ばれる人たちは、むしろ製造業派遣や工場の期間工などで働いている人たちであり、そういう現場は、さすがに時給1000円未満は少ないはずです。

ワーキングプアとは、一般に、きちんと働いているのに、あるいは働く意思があり求職している人も含めて、「健康で文化的な生活」を営むことができない人びとを指すのでしょう。憲法でいう「健康で文化的な生活」を保障する最低水準が、彼もいうように生活保護でしょう。最低賃金できちんと働いても、その水準に満たない事実には目をつぶったままで、彼にとって都合のよい一部分をとりあげて、最賃でワーキングプアを救えないと主張しているのです。彼らの多くは夫の給料や親からの仕送り、あるいは親と同居で暮らし、家計の足しや小遣い稼ぎのために、こうした仕事に従事している人たち、などという表現で、一くくりにしようと思っても現実を語ったことにはなりません。たとえば女性のスーパー労働者は、彼のいう主婦のパートや学生に限らない。女性がパート労働で生計を支えている例は少なくありません。事実は、構造改革がすすんだ時期に年収200万円以下の働く貧困層の増加が数字で示されてきました。そのとき大企業は過去最高益を更新していたのです。年収200万円以下の「ワーキングプア」と呼ばれる「働かせ方」が増え続けたのはこの時期であって、、いまや1千万人を超えています。この事態があるからこそ、日本でも、ワーキングプアという言葉が熟したのです。


小宮の主張の結びで、議論の核心がこんなふうに表されています。

日本国民として、憲法二五条で定められた「生存権=健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障するための制度が生活保護です。生活保護は、いわば人権問題です。一方で、最低賃金をどうするか、というのは経済問題であり、一国の国際競争力と密接に関係しているのです。日本が鎖国をしているなら国内問題として最低賃金を自由に議論していいのですが、天然資源もないこの国は、付加価値の高い製品を海外に輸出して食べていかなければならないわけですから、企業に命じて強制的に賃金を上げさせるというのはどう考えてもおかしいことだと思います。
人権の保護をどうするのか、企業経営をどう成り立たせるか。この2つはそもそも別問題であるのに、それを一緒くたにして考えるから訳がわからなくなるのです。最低賃金で働いている人がフルに働いても、生活保護でもらうお金の水準まで稼げないのが現実なら、むしろその人たちに賃金との差額を国が生活保護として与えるべきです。
低所得者層の問題を放置しておいてよいなどとは思いませんが、長期的な戦略もなく、ただ経営の自由度を殺ぎ、企業ばかりに負担を強いるような政策は、結局は企業をも弱らせ、そこで働く大半の国民の生活を脅かすことにもなりかねません。

しかし、彼がいうのとは正反対に、生活保護最低賃金は密接にかかわっています。また、かかわって議論されてきました。昨年施行された改正最低賃金法は、最賃を決める基準の一つの「生計費」にかかわって、「健康で文化的な最低限度の生活」という憲法25条の条文を書き込みました。これが気にいらないようです。この小宮 一慶という人物の主張は、最低賃金の引き上げを阻止するために、中小企業をもちだし、正規雇用労働者の賃下げ、解雇をもちだし、そして仕舞いにはワーキングプアをもちだし、最低賃金では救えないといい出すのです。直前の引用で明らかなように、大企業を擁護するためのそれです。
最低賃金が労働者の平均賃金に占める割合は日本28%。スペイン40%、フランス47%、ベルギー40%、オランダ46%、イギリス37%、アイルランド52%、ルクセンブルク50%、アメリカ33%に比較して、立ち遅れているのは明らかでしょう(EU資料、2007年)。EUは、最低賃金を当面、労働者の平均的賃金の50%、さらに60%に引き上げるようとさえしているのです。
時給1000円以上という水準は、最低賃金を決めるのは「労働者とその家族の必要」や「生計費」(ILO131号条約)という国際基準を踏まえたものです。貧困のまん延が国民の購買力を大きく低下させて内需を冷やし、経済危機をいっそう深刻にしているという認識はまちがっていないでしょう。ですから、あえていえば、百貨店の客足より、街の商店やスーパーも満足にいけない現実があることに目をむけざるをえないのです。