世相を拾う(9月21日)

おめでたい言説「貧困ビジネスで稼ぐ連中!」

さて、『Voice』誌は右か左かと問われれば私は即座に右だと答えるでしょうが、こんな論文を掲載する同誌の水準をまず疑いました。

貧困ビジネスで稼ぐ連中!

貧困ビジネスという一言に惹かれて読んでみたのですが、冒頭から著者の認識は、私の言葉でいえば尋常ではありません。執筆者・城繁幸氏は格差にふれているのですが、格差問題が巷間論じられて久しいのに、この人物といえば、相当の程度、世間からずれていて、ほとんど浮世びたりというカンジなのではないか。

曰く、

格差といってもいろいろあり、地域格差や年金格差までさまざまあるものの、現在議論の中心となっているものは雇用における格差だ。きっかけは、秋葉原の事件によって非正規雇用の存在がクローズアップされたことだろう。

ですって。

社会の「無関心」ですべては片づけられない。

赤木智弘氏の「イレギュラーを受け入れられない社会」という文章がウェブ上に公開されている(参照)。
氏の所説に違和を感じるところがあるので、それについてここでふれたい。
赤木さんが扱っているのは、この記事である。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080910/crm0809100100001-n1.htm

この時勢、われわれの誰もが直面する可能性は大いにあるといえる事件かもしれない。こんな事件に直面したら、われわれはどんな態度をとりうるのか。選択肢は限られているといえよう。そこを赤木さんは問題にしているのだ。

本来、事件が事件として扱われるのは、それがそもそもイレギュラーなわけなのだが。赤木さんは、イレギュラーを受け入れられない社会を問題としている。氏の文脈にそっていえば、

多くの目撃者たちが、横目で気にしつつも、結局は素通りして会社に向かう。その結果、たまたま運が悪かったサラリーマンが手錠をはめられたというのが、この事件のキモである。

とのべているので、イレギュラーな事象に我われが直面した際の、とるべき態度とその可能性を問うているといってもよい。もっといえば、通常とは異なる事象に対して積極的にかかわりえない我われの日常、無関心に赤木さんの眼はむけられている。

違和を感じるのは、赤木さんが特定する先の事件が事件としてあるのは、(社会の)無関心に端を発したものかどうかではなく、事件、つまり最初に暴行を加えた男性が意識不明に陥ったという事象は、それとは関係ないところで、正当防衛(という思い)で反撃を加えたという事実でもって引き起こされたということに尽きるからである。
結局、事件を事件として成立させているのは、警察のとった態度の是非ではないのだろうか。

赤木さんは、けれど、あえてこうのべているのだが。

この問題を単なる「警察による、一般人の気持ちを考えない杜撰な逮捕劇」であるとは考えない



しかし、警察の逮捕劇そのものが問われてしかるべき、だと私は考えてしまう。つまり、イレギュラーなのは、警察の、目撃者がいないのに、反撃を加えた男性に過失があるかのように扱ったことに端を発していないかどうか、ここに尽きるのではないかということである。
そもそも目撃証言など客観的な証拠が不十分であるのなら、百歩譲って任意同行はありうるにしても、逮捕劇に至る必要はない。駅員に警察への通報を依頼したのが、暴行を加えられ、反撃に転じた男性であるのなら、警察の態度はなおさら慎重さを求められたのではないか。
これである。だから、赤木さんが警察の初動についてほとんど無関心なのか、無視しているのか、それは明らかではないのだけれど、そこに違和を感じるのである。

断っておくが、赤木さんが持ち出している、(社会の)無関心についての論点はうなづけるところが少なくない。赤木さんが無関心を論じるのにもちろん反対しようとは思わないし、それを克服することは以後の日本に少なからぬ意味をもっているように私も思う。

そこで、補助線を引けば、同じ産経新聞にはこんな記事があった。

http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/m20080913021.html

赤木さんが取り上げた先の産経の記事とこの記事を重ね合わせると、社会的無関心のいわば犯罪性を、産経はこの時点で一つのテーマにしつらえているようでもある。
けれど、あえていえば、その無関心こそこれまで、世の為政者が統治のために最大限活用しようとしてきたものではなかったのか。
とくに小泉改革以後の日本国で強調されたのは、自己責任の名のもとに、社会の構成員をまるでそれぞれが独立して存在するかのように分断をしいるところにあったのだから。
その只中に今があることは承知の上でのことだが、赤木さんの所説に疑念を感じるのである。
(「世相を拾う」08180)