新医療制度は撤回したほうがよい。


この4月から「後期高齢者医療制度」という新しい制度がスタートする。
75歳以上の人は全員、この制度に移行する。これまでの国民健康保険制度とは異なり、一人一人が保険料を負担しなければならない。

高齢者でなくとも、医療制度の中身まで熟知している人は一般にごくわずかなのだから、新しい制度に移るといっても実感がない。制度開始が迫まってくるまで、どんな負担になるのか、また給付内容がどのように変わるのかも、気にとめないのが大方だろう。
しかし、各家庭に新制度の通知が届き、しだいに高齢者の間で話題になりはじめた。無視することのできない、とんでもない制度であることがようやく知られるようになった。一方の自治体では、制度の周知を図るために説明会を開催するなど取り組んでいるようだ。が、最近では、参加者の不安感も手伝ってか、説明会が半ば団体交渉みたいな雰囲気だという。

75歳の高齢者だけ、どうして別の枠組みに入れられるのか。こんな思いの高齢者は多い。もっともな疑問である。渡辺美智雄は生前、(老人医療は)枯れ木に水をやるようなものとのべて物議をかもした。しかし、この4月からは渡辺のような言論による差別的態度とは違って、制度的に高齢者を差別していく点は無視できない。

この制度が欠陥をはらみながらスタートすることをメディアも問題視している*1。よくながめてみると、まったくそう思える。制度設計上の問題がある。


疑問点はつぎのようなもの。

高齢者自身の自己負担増に追い打ちをかける

 以下はすでに実施されているか、実施がきまっているものだが、今回の後期高齢者医療制度にともなう高齢者の自己負担はそれに追い討ちをかけるもの。
    

  • 要介護者の食費・居住費の自己負担(05年10月から)
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  • 70歳以上の高齢者の食費・居住費の自己負担(06年10月から。医療保険適用療養病床に入院する者)
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  • 70歳以上の窓口一部負担金が2割から3割に(現役並み所得のある者)
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  • 08年4月から窓口負担金が1割から2割に(70歳から74歳までの中低所得者
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  • 08年4月から食費・居住費の自己負担(療養病床に入院する65歳〜69歳までの者)
 
 負担増は、受診抑制を加速させる。金の有る無しで医療を受けられるかそうでないかが決まる。医療保障の階層化がすすむ。そうして、健康の格差が生まれる。
 新制度によって、高齢者は区分され、前期高齢者が2割負担、後期高齢者は1割負担となる。
 こうした高齢者の間での負担増の流れは、いまの介護保険の利用者負担(65歳以上の高齢者で1割負担)にも連動していくことが推測される。

制度の財政構造上の問題

 この制度の財政の構成は、加入者の「保険料」が1割(にすぎない)、公費5割、残りの4割を現役世代が負担するものになっている。前述したように高齢者の負担は1割。

 介護保険制度によく似る。実施主体も広域連合(各都道府県の全市町村が加入する)だから、介護保険制度がモデルともいえる。
 先行実施されている介護保険で、広域連合がどのような役割を果たしているのか、すでに明らかになっている。保険料決定など財政運営に住民の声が反映されないし、しかも見込みちがいによって保険料の引上げをおこなうか、医療費の抑制を推進するかに広域連合自身が汲々としているのが実態である。
こんな介護保険の実情が高齢者医療制度にもちこまれる可能性は大きい。

まったく所得がなくても自己負担がある。

 保険料は個人単位で算定される。
 応益割(均等割)と応能割(所得割)からなる。しかし、所得がなくても応益割が課せられるという制度的な欠陥をもつ。
 その上に、年額18万円以上の年金受給者は年金徴収といって、年金から保険料が天引きされる。8割以上の高齢者が特別徴収になる見込み。

滞納者への資格証明書の発行

 国民健康保険で同様に資格証明書が発行される。この制裁措置が受診抑制をもたらしているのはすでにみたとおり(参照)。年額18万以上の年金受給者が特別徴収によって滞納しないように担保されている。ということは、特別徴収されない、それ以下の年金受給者や無年金者は逆に滞納する可能性が高いことを示している。ようするに低所得者の受診の機会を奪うことにつながるものだといえる。



いくつか思いつくことを挙げたが、参院選の結果もあって、自公政権は保険料負担や窓口負担の一時的たなあげを決めている。しかし、根本的な問題が解決されたわけではない。

同時に、今回の後期高齢者医療制度都道府県単位の広域連合による運営と定めたことは、今後、国民健康保険介護保険をも市町村単位から都道府県単位に転換していくことをも推測させる。

高齢者はいくつもの疾病をもつために一般的に医療費が高くなる。
つまり、高齢者だけで構成する保険制度は、容易に推測されるように、保険制度として成り立ちにくい、というより成り立たないと思ってよい。リスクの高い高齢者のみの集団を一くくりにする制度などありえないとさえ私は思う。
後期高齢者医療制度」という名称に着目してほしい。
保険制度とよんでいないところがミソなのだろう。
保険制度ともよべない点一つとらえても、この後期高齢者医療制度の抱える問題の大きさを示しているように思う。
こんな制度設計でよいのか。老人だけを差別してよいのか。
根本的解決のために制度的再編を仮にするにしても、その基本には、公費と事業主負担を軸にした形での現物給付を保障するしくみを前提にすえることを、あらためて今の時期に検討してもよいのではないか。
後期高齢者医療制度はいったん撤回すべきではないか。

*1:後期高齢者医療 見切り発車でいいのか」 http://www.chugoku-np.co.jp/Syasetu/Sh200803160062.html