医療崩壊は打開できるのか。


id:coleo:20080310:1205136814で言及した「医療崩壊の現状分析と対策に関する考察」(概要版)から紹介する。

上記「考察」の要約は以下のとおり。

医療崩壊が社会問題となり、政府・与党は緊急的に医師確保、医師派遣といった対策を打ち出してきたが、医師派遣はわずか6人にとどまり、焼け石に水の状態である。ここでは、マスメディア、厚生労働省や刑事事件など医療周辺の動きと萎縮診療、医療需要や、諸外国から見たわが国の医療供給体制に関する現状分析などを元に、主に患者の安全性の観点から、必要とされる病院職員数の推計を行った。

その上で、以下の章立てで現状を分析し、医療崩壊を打開するための対策を提起している。

医療周辺の動きと萎縮診療

「考察」は、医療をとりまく社会的な動きとして、「名義貸し」報道件数が03年、04年に急増したことをあげている。04年には新医師臨床研修制度がスタートしたこと、病院常勤医師数の減少に言及している。さらにこの項では、警察の医療立件件数の増加し、医療事故調査委員会厚労省)の設立などをへて、副作用や合併症の報告が減少していることに着目している。



需要側の現状分析と将来推計

「考察」は、将来推計人口にもとづく推計と比較し、実際の診療実日数はいびつな増減を示しており、厚労省の医療費抑制政策など人為的な要因が関与しているとのべている。



供給側の現状分析と将来推計

・わが国の医師労働力は、非常勤によって支えられている側面が大きい

  ⇒病院医師数は実人数よりも常勤換算数のほうが多い。

・過去にはなかった新たなニーズが発生したために、医師養成数が限られている現状では既存の診療科医師が減るのは避けられない。

  ⇒産婦人科、小児科、内科、内科系、外科、外科系の病院医師数の減少

・日本の医療従事者数は圧倒的に少なく、欧米並みの患者の安全性を実現するのは不可能

  ⇒100床あたりの日本の病院従事者は、アメリカ・イギリス・ドイツ・イタリアの平均の23.0%。
  ⇒同様に薬剤師は25.2%

・看護師数の多いほうが、看護師の教育レベルの高いほうが患者死亡率が低い

・薬剤師数の多いほうが患者の死亡率は低い。

「考察」によれば、日本の週平均の医師勤務時間は、病院70.6時間、診療所55.2時間。たいしてヨーロッパ諸国は40から50時間とかなりの開きがある。
日本の医師は、24時間拘束される結果、「睡眠不足であるため、患者の安全性実現は不可能」と断じている。「ビール大瓶2本飲酒後のほろ酔い期〜酩酊初期」にあたり、判断力の低下などを指摘している。
これは、医師不足がもたらす医師の労働の過密化が医療事故を引き起こす要因になることに示唆するもの。
その上で、では欧米並みの安全性を確保するために必要な医師数を推計している。
それによると、2025年に必要な医師数は31.8万人。

一方で、現状の医師養成数のままで推移すると同年に供給される医師は34.0万人になるが、定年退職を見込めば25.9万人にか供給されない。また、週平均労働時間を40時間に減らすとすれば、16,1万人の供給。なので、この最後の条件の場合は、実に15.7万人(31.8万−16.1万)を2025年までに増員しなければならないことになる。
欧米諸国との隔たりはこの程度に大きいというわけだ。

その上で「考察」は、医療崩壊を食い止めるための対策を以下のように列挙している。

コメディカルの増員

  • 病院職員の定員増
  • 看護師・薬剤師の採用枠の拡大
  • 事務職員、看護補助者等の採用枠の拡大


コメディカルの業務内容改善・離職防止

  • 専門業務への専任・役割分担
  • 看護師の専門性評価
  • 病院薬剤師の専門性評価
  • 投薬ダブルチェック体制の確立
  • 救急にトリアージ導入
  • 集約化と患者のアクセス確保
  • 准看護師養成廃止
  • 院内助産所の誘致
  • 看護師内診問題の解決
  • フレックスタイム制・短時間労働の導入
  • 女性職員の育児支援


◆医師数の増員

  • 医師の兼業禁止
  • 医師卒前教育の充実と卒後のストレート研修解禁
  • 4年制の医学教育課程の創設


◆医師の業務の内容改善・離職防止

  • 十分な睡眠をとった医師が診療に当たる体制整備
  • 医師専門業務への選任・役割分担
  • 医師の専門性評価
  • 4年制の医学教育課程の創設
  • 開業前研修の充実と財政支援
  • 院内診療所の誘致
  • オープンホスピタル制の導入

これらの多くはおおむね現場で一致できる方向だと考えることができるだろう。

これまで医療崩壊を語ってきたのは現場の医師たちであった。医師たちの努力が、メディアを変え、世論をかえてきた。
この「医療崩壊の現状分析と対策に関する考察」は、それをこんどはアカデミックな視点で、統計も駆使しながら医療崩壊をもたらす要因と現状を明らかにし、打開の方向を提示した。

列記された打開策を実行に移すには、従来のかじとりをほぼ180度切り替えることがどうしても必要になる。