『世界』2月号−医療崩壊を特集


世界 2008年 02月号 [雑誌]』が「医療崩壊をくい止める」という特集を組んだ。特集のハイライトは、宇沢弘文氏と出月康夫氏の対談である。「社会的共通資本としての医療をどう守るか」と題して、医療崩壊の全体像を明らかにしている。宇沢氏は、よく知られる啓蒙書『自動車の社会的費用』(岩波新書)など、多数の著作を世に問うてきた著名な経済学者である。氏の関心は、社会の孕む病巣をえぐり出し、その解決の道を提起し続けてきたといえるだろう。一方の出月氏は、日本臨床外科学会の会長を務めている。臨床現場の外科医集団のトップである。

月氏医療崩壊の実態を簡潔に語っている。医療崩壊は、どのように病院で現われているのか、簡潔だがよく整理されていて、本質が浮かび上がる。

いまは、病院が崩壊していますけれども、病院が崩壊すれば、開業医もやっていけなくなるのは目に見えているわけです。一つは、医療費の上限を国が32兆円と決めてしまっているために、病院の財政はすごく悪くなっています。特に、平成16年に診療報酬をマイナス3.16%、ぎりぎりでやっていたものをまた下げたわけです。医療にもう少しお金を使ってもいいということは、国民的合意だろうと思うのですが、国民のそういう意思を一方的に無視して、予算を決めている政府が上限を決めてしまっている。そこに無理がある。その無理がいま病院にまともにかかってきて、例えば地方はいままで自治体病院で何とか地域医療をやってきたわけですけれども、その地域医療が崩壊している。

その自治体病院だが、実に92%が赤字。これまでは自治体が税金で補填してくれたために維持できていたものが、自治体の財政状況も悪化するなかで、病院を売りに出す、統廃合するなどの事態に現実に直面している。国立病院はいまや70%弱が赤字、と出月氏は語っている。それを民間病院をふくめた全体でみると、43%が赤字経営だという。一般会計からの補填や助成金がない民間は、赤字が4,5年も続けば、資金的にゆきづまり、選択肢は一つに限られている。病院をたたむしかない。
日本の医師の数は先進国とくらべて低いのも、こんな財政事情を反映している。人を増やせないのである。だからこの延長線で、足りない人数で、同じベッド数で患者を診るためには、入院日数を短くする、ベッドの回転を早くして多くの患者を診るということになる。同じ人数で回転を早くし、多数の患者を診るために、医師は、そしてそのほかの医療従事者は疲弊するわけである。医師の厳しい労働環境の一端は、平たくいえば、このようにまとめられる。
医師不足が今日、話題にのぼるのは、過酷な環境のなかで、耐えられなくなって、現場から立ち去るからで、この繰り返しが続くためである。
対談のなかで、出月氏は一年間に4000人の医師が病院を辞めるという数字を示している。これだけの医師が辞める病院医療は現実は、崩壊と背中あわせといってもいいすぎではない。

対談のテーマである崩壊をくい止めるにはどうしたらよいのか。
月氏は、病院の財政がなぜ成り立たないのかを考えると、いちばんの根本は診療報酬の決め方が悪いからだという。医療や教育は大事な社会的共通資本*1だという宇沢氏の理解に即していえば、どれだけお金がかかってもいいということになる。むろん現実の財政問題もふくめて条件整備が前提となるが、医療と教育に多くの人が従事しうる体制をどう国民が保障するのか、ということが焦点となる。それは、もちろん新自由主義的な改革とは真っ向から対立する。
宇沢氏のいう<大勢の子供たちが医療と教育という分野を職業として選ぶような雰囲気を一つの大きな流れ>にしていくための国民的な議論が急がれる。


【関連エントリ】
地域の医療が壊れる? 

*1:宇沢氏によれば、社会的共通資本とは、人間が生きていくため、あるいは社会が円滑に機能していくために必要不可欠なものをみんなの共通財産として大事に守って、次の世代に伝えようとする考え方。