医療費が国をほろぼすのか…。


医療費がふくらみすぎてこのままでは日本をつぶしてしまう―。
この考えは、1983年の吉村仁氏(厚生省保険局長・当時)の主張に端を発している。以来、医療費を抑制することを中心に医療行政がすすめられてきた。 

  • 老人の医療は枯れ木に水をやるようなもの
  • 社会的入院が医療費を押し上げている
こんな言葉を閣僚や官僚がのべ、医療費がふえることはよくないという世論がつくられてきた。
けれど、いまやそのひずみがいたるところに現われ、日本の医療制度は崩壊の危機に瀕している。1961年にできあがった日本の国民皆保険制度はWHOによって世界で最高の制度だと評価された。誰もが何らかの保険に加入する制度だ。だが、医療費抑制政策によって国民医療費もOECD諸国のなかで順位をさげている。にもかかわらず、医療費抑制策をとりつづけてきている。抑制策は、病院などの医療機関側に入る収益(診療報酬)を抑えるやり方がとられたり、あるいは患者・国民の負担をふやすことで受診を抑え、医療費の総体を減らすやり方がとられたりする。40代後半以上のサラリーマンなら実感されているかもしれない。1割負担が2割、3割になってきたことを。
日本の医師数はOECD諸国に比較し3分の2にすぎない。しかも、医師の卒後研修必修化にともない、従来多数が大学に残ったのが、もはやほとんど残らない事態もこんにち生まれている。医学教育そのものを根本から見直す必要に迫られているともいうことだ。
こんな背景も拍車をかけているが、医師数の絶対的不足が医療現場から、とくに医師によって指摘されてきた。最近、ようやくメディアもこれを取り上げるようになって、医師不足をめぐる報道に接する機会がふえた。医師は今、絶対的不足の中、過重な労働を免れることができず、疲労困憊し、現場を立ち去ってしまうのだ。医療労働者は劣悪な環境で働いていることも知っておいてほしい。

こんな諸事情が重なり、地域の医療がまさに崩壊に直面している。産科がなくなり、小児医がまったくいないという地域も少なくない。とくに地方では産科が消え、出産にも困る、たいへんな事態に直面している。かつて医療費亡国論とよばれた冒頭の一つの考え方が、以後、厚生省のとる政策に具体化され、悪循環を招き、今日の事態をもたらしたと結果的にいえるだろう。全方位的ともいえるような医療をめぐる様々な問題の噴出はそれを示している。医療従事者は圧倒的に少ない。安全・安心の観点からも従事者数が絶対的に少ないことはあらためるべきだ。医療費の構造のうち、莫大な利益をあげる製薬大企業に入る医薬品価格(薬価)をあらためる。医療分野は、実は経済波及効果が高い。厚労省も認めている。
大村昭人『医療立国論―崩壊する医療制度に歯止めをかける!』の主張は、そのタイトルにある。亡国論をあらため、医療を充実させてこそ国が成り立ち、国民も幸せになるというものだ。一考に値する。



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