派遣村の経験の普遍化と生活保護受給の急増


朝日の見立てでは、「1月の生活保護申請も計2万5529件と、前月比で約3割増えていた。非正社員が職を失い、生活保護に頼るケースが目立つ。今後も雇用環境の改善は期待できず、年度末に向けて、さらに増える勢い」ということだ。 今後、年度末に解雇が集中する見込みなのであって、その結果、当然ながら、生活保護申請も増えるとみてよいのだろう。

生活保護、最多116万世帯 本社集計、申請も3割増

ブログ管理人の住む地方都市でも、年末の日比谷の派遣村にならって3月1日、当地版派遣村を実施した。管理人も運営する一因として参加した。当日は、旧来のホームレスの人びとだけにもちろん留まらず、昨年来つづいた派遣切りという災害の被災者も少なくなかった。
あらためて思ったのは、これが一つの点の、(日本の)中の一つの特殊な地域の出来事ではなくて、今や普遍的な、どこにでも起こっている事象であるということであった。しかも、若い人では20代の犠牲者も見受けられた。世間一般にいえば、いわゆる働き盛りの人びとが、用意された炊き出しの順番を待つ姿が、私にはきわめて印象的であって、その点、日本社会の抱える病巣の深さを表しているようで仕方なかった。

たまたま私に声をかけてきた男性は、どうみても20代のそれであって、他に選びようのない言葉であったのだろうが、「何か着る物はないでしょうか。着ている以外に何もないのです」と訴えてきた。ぎりぎりの選択の結果だったのだろう。そんなことばを赤の他人にかえることは、まずない。こうして選びようのない立場に置かれたことを、彼は言葉で表現しているのだろうと私は考えた。

朝日の記事が伝えるのは、私が体験した地方の以上の一光景が、ほとんどどこにでもみられうるものとして現在あることを示しているだろう。

後藤道夫さんが上記記事で的確に指摘している。

本来最後のセーフティーネットのはずの生活保護が、最初のセーフティーネットになっている。雇用保険を含む社会保険は、長期雇用や年功賃金など「日本型雇用」を前提にしたもの。それが崩れている今、雇用保険の適用・給付要件を緩くする必要がある。

派遣村の経験は、たとえば都が路上生活者への生活保護受給に際して、本来定められていたはずの、住居の有無を受給するための要件としないという一点をあらためて通知させるなど、明らかな社会運動としての成果をかちとり、それが全国的に波を打つように自治体に波及しはじめている。
私の住む自治体も、先にのべた地方版派遣村で(生活保護を)申請しようと決意した約80名にたいして、自治体としての受け皿をととのえ、前向きに対処しようとする姿勢を明らかにした。

その地方版派遣村をへて、3月2日からの集団生活保護申請がはじまった。予定されていた人のほとんどは申請することになった。先にのべた若い彼の姿はそこになかったが、後藤氏がのべているように、まさに生活保護が最初のセーフティーネットになっていて、それ以後は何もない日本の現状がそこにあるのではないかと思うような現実である。生活保護で「救われ」なければ彼の将来は、と考えてしまうほどの深刻が現実があるのだ。

湯浅誠は、派遣切りにあうと、一気にホームレスになることを強調していた。公的なセーフティネットが機能しない今日、湯浅のいう派遣村の経験の全国への普遍化が一歩一歩、自治体を動かしうる条件となっていることをあらためて確認しえたような気がしてならない。