麻生政権、最初の60日


米国には「最初の100日」があるらしいが、日本にはない(参照)。麻生政権が誕生しすでに2カ月がたった。だから、この2カ月を、おおまかにふりかえってみる。

繰り返しのべるよう、この政権にもまた、改憲をめざし、構造改革を継続することに政権の使命がある。
といっても、この2カ月間、時が経つとともに少なくとも考えていたような筋書きからは遠ざかっているようにみえる。
もはや政権の維持そのものが使命となっている。

総裁選も、補正予算も、人心を集めることができなかった。目算がはずれた。総選挙にうってでるタイミングはことごとくつぶされてきたわけだ。
給付金も思いつきみたいなもので、練り上げられたものでけっしてないことは、その後のなりゆきをみれば一目瞭然ではないか。

G20もしかり、金融規制に乗り出したサミットそのものの成果はあっても、そのなかでの日本の位置などどこにも確認できなかった。日本はただ、宗主国・米国への追随を首相が強調したにすぎなかった。世界の認識は、すでに米国一国支配から解き放されているというのに。

これだけの障壁に直面し、手の打ちようがないほどにゆきづまっているのに、民主党は、一次補正予算案に賛成した。新テロ特措法延長案の通過も認めた。だいいち派兵恒久法を志向する同党にとって延長法案の通過などたいした意味もない。ただただ早期解散に至らせんがために、こんな「奇策」に出た。
けれど、ゆきづまったのは自民党だけではない。この作戦が破綻すると、こんどは「対決」姿勢を強調するという方針に転換。しかし、どこにほんとうの意味で自民党に対決する場面があったのか。
対決とはこんなものか。いまは、二次補正予算を出せ、出せとさけんでいるにすぎない。一方でテロ法案は採決可だという始末だ。

こんなていたらくが、日本政治の現状である。この二党の間の政権交代とはどんなものか、麻生政権の2カ月をみればほとんど察しがつくだろう。二党の間に、言葉の上での話であって、対決など存在しない。

ビル・トッテンは、米国の二大政党政治を「薄い青の色と、もう少し濃い目の青の色のどちらを選択するのかというような問題に過ぎない」と表現しているが、海を隔てた日本の自民、民主両党のちがいもまた、その程度にすぎない。
この麻生政権誕生後の2カ月は、自民党政治というものが破綻の深みにいっそう足を踏み入れたことを示すばかりでなく、自民、民主の違いなどほとんどないことを我われに教えている。
(「世相を拾う」08244)