滝川介護タクシー事件と生活保護


元組員が介護タクシーをつかって滝川市から札幌市まで通院したようにみせかけ、多額の移送費を受け取っていたという報道に驚いた人は多いだろう。
厚労省はこの事例をたてにとって3月3日、社会・援護局関係主管課長会議において、本件の発生を口実に「通院移送費等の適正化対策」を打ち出した。
以下の理由から、この厚労省の対応は、一つの特異な事例を口実にして、生活保護を受けている人たちの、医療を受ける権利を事実上奪うに等しいものといわざるをえない。


生活保護のうち、医療扶助のなかに移送費というものが位置づけられている。
病院・医院などで受ける一般診療のほか、入院給食費(入院時食事療養費)、歯科の診療、薬局での調剤、柔道整復等の施術、移送(通院時の交通費等)が医療扶助の主な内容とされる。

厚労省は、以下にあげるように、移送費の支給要件を厳しく制限した。
医療扶助運営要領によれば、改定部分で、移送の給付については、国民健康保険の例により、以下の範囲に限定しておこなうということが明示されている*1

  1. 負傷した患者が災害現場等から医療機関に緊急搬送された場合
  2. 離島等で疾病にかかり、又は負傷し、その症状が重篤であり、かつ、傷病が発生した場所の付近の医療機関では必要な医療が不可能であるか又は著しく困難であるため、必要な医療の提供を受けられる最寄りの医療機関に移送を行う場合
  3. 移動困難な患者であって、患者の症状からみて、当該医療機関の設備等では十分な診療ができず、医師の指示により転院する場合
  4. 移植手術を行うために、臓器等の摘出を行う医師等の派遣及び摘出臓器等の搬送に交通量又は搬送代が必要な場合(ただし、国内搬送に限る。)

その上で、以上で対応が困難な場合で、つぎの条件に合致すれば例外的に支給を認めてよいことになっている。

  1. 身体障害等により電車・バス等の利用が著しく困難な場合と認められる場合
  2. へき地等により最り寄の医療機関に電車・バス等で通院する場合であっても、当該費用の負担が著しく高額になる場合
  3. 検診命令により検診を受ける際に交通費が必要な場合
  4. 医師の往診等に係る交通費又は燃料費が必要な場合

ただ、その際も、通院等を行う医療機関は原則として福祉事務所管内の医療機関に限る、給付については、療養に必要な最小限度の日数に限る、傷病等の状態に応じて最も経済的な経路及び交通手段によって行う、など条件をつけている。

要綱の示すこれらの条件を読めば、少なくともこれまでの移送費の支給範囲が著しく狭められ、移送を必要とする医療扶助受給者の、受診の権利は大いに制限されることになる。これらの受給者は、実際にかかった電車・バスの運賃等を手出しして支払わざるをえない。

今回の厚労省のとろうとする方向は、移送費の制限は、医療を受ける権利を侵害し、自立から遠ざけるものではないのか。
生活保護法第1条はこうのべている。

第一条  この法律は、日本国憲法第二十五条 に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。

医療扶助を受給している人は、支払うべきお金をどこから捻出できるのだろうか。生活扶助のなかから支払わざるをえない。そうすると、最低生活を切り下げることに帰着する。結果、やむなく受診頻度を少なくしたり、受診をしないという対応が容易に想像される。
移送費の制限は、「最低限度の生活」以下の生活を強いるのを意味する。


発端になったともいえる滝川市の事例では、不正が繰り返しおこなわれてきた事実がある以上、厚労省と行政の責任は免れない。
積もり積もって法外な金額を支給するという特異性、異常がなぜ見逃されてきたのか。それもしかし、話によれば、監査で繰り返し指摘を受けてきたというではないか。
さらに、第三者委員会が設置され、原因究明と再発防止の対策が検討されているという。その結論をまたずに、拙速に生活保護制限を政府方針として打ち出したのであって、意図的なものさえ感じられる。

これまでも政府は、生活保護の不正受給の事例を片方であげて、生活保護の受給制限や基準見直しの口実に最大限、利用してきた。
法を逸脱した、一部の特異な事件を法にてらし裁くことと、事件の特異性にてらして法そのものをかえることはもちろん異なる2つのことを意味している。
逸脱行為はもちろん的確に裁かれないといけないが、余りにも特異なこの事例が想像させるのは、その原因が、現行の生活保護法と、たとえば冒頭にあげた医療扶助運営基準などの準則・規則にあるのではなくて、厚労省と行政の内部にある、行政姿勢をふくめた構造的な自治体運営とその指導にあるということだ。少なくともそのようにみえる。

生保受給者の圧倒的な部分は、現行の制度にのっとって移送費を申請し、審査を受けて支給されているにちがいないわけで、今回の事件への厚労省の対応をみるかぎり、事件を口実にした生活保護削減の意図がただ露呈しているのではないか。


【参考記事】
http://www.asahi.com/life/update/0304/TKY200803040360.html?ref=goo
http://mainichi.jp/hokkaido/shakai/news/20080305hog00m040007000c.html
http://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/K2008030502210.html?C=S

*1:要領からの引用では、各項に番号をつけ列記した。