国民皆保険をめぐる日米の動向


ヒラリー・クリントンにとっては、米国に皆保険制度を導入することは悲願だということかもしれないが、大統領選のウリの一つであることにかわりはない。かつて大統領夫人時代に導入を主張し、反対にあってつぶされた経緯がある。
国民皆保険とはすべての人を網羅した保険と解釈すれば、まちがう。すべての人が何らかの(公的医療)保険に加入していることを指す。日本は国民皆保険だといわれているが、すべての人を網羅する保険があるわけではない。すべての人が社会保険国民健康保険など何らかの公的保険に加入することになっているというものだ。だが、これは制度的な建前であって、現実には無保険者という、保険に加入していない、少なくない人の存在が指摘されている。国立病院の未収金が問題になった際、現にそのいちばんの要因は経済的理由であった。だから未保険者の存在の背景にも経済的理由が横たわっているのではないかと推測されるわけだ。日本もすでに、未保険者問題をかかえているばかりか、社会保険といわれるものがその名に値しないようなものに改悪されていると私は感じている。すでに自己負担が3割になった。

社会保険庁のいうところによれば、社会保険とは、?勤労国民の相互扶助を目的とし、?従業員の福祉を図り、?国が責任をもって運営する、?法律で加入を義務付けられた、?所得に応じて保険料を負担し、必要に応じて給付を受けるという制度である(「社会保険の手引き」)。
この本来の社会保険の姿は、自己負担3割という現実一つをとってみても、すでに壊されていってよいのではないか。ともあれ、米国の医療の現状は常々指摘されるように、深刻な事態にある。相当数の無保険者。たとえば以下の逸話はすさまじい米国の現状を物語っている。

ある日本人がアメリカを訪問中に倒れ、病院に運ばれました。治療の甲斐なく約3カ月後に死亡した。
幸い、海外旅行医療保険とカード会社から合計2800万円のお金がおりました。
しかし、これが生存中に底をつき、日本でお金を工面して約500万円送金しなければならなかった。
これでも足りずに、死亡後、家族は2億数千万円の追加請求を受けたというのです。この金額に、家族は茫然自失になったといいます。
その後、アメリカの病院の依頼で、取り立て屋が通訳を連れて日本まできました。長い交渉の後、追加支払い額は1400万円程度で決着しました。
すべて合算すると最終的な支払い額は4700万円、このうち自己負担が1900万円にもなったということです。
小松秀樹医療の限界 (新潮新書)

アメリカの医療が貧富の差によって内容が異なること、私的保険によって成り立っていることはよく知られているが、医療費請求額のこれほどの大きさに率直に驚かざるをえない。あまりにも酷い実態は、マイケル・ムーア作品「SiCKO」でも告発されたが、米国民の大方の認識になりつつあるのだろうか。それでも、市場原理主義の米国では一部の富裕層が猛烈に反対することは容易に推測される。

日本では、アメリカの一時代前を後追いし、医療の分野でも市場原理主義規制緩和をとりこもうとする動きが強まっている。医療をふくめた社会保障分野での国の役割を強調する動きも一方でてきてはいるが、国民皆保険制度が日本で果たしてきた役割に今いちど光をあててもよいのではないか。