赤字累積。自治体病院の今

県立病院:累積赤字過去最高に 医師退職で患者減--07年度 /岩手

魚拓


 ◇138億3800万円

 県は07年度県立病院等事業会計決算を発表した。県内27の県立病院などの総収益は前年度比1・5%減の約921億100万円。支出に当たる総費用は同1・4%減の931億8200万円で、約10億8100万円の損失を計上し、2年連続の赤字となった。累積赤字は過去最高の約138億3800万円となった。

 医師の退職による患者数の減少が原因。入院患者数が1日当たり131人の減少で、入院収益は同0・8%減の512億2800万円。外来患者数も1日当たり1054人減少し、収益も同3・3%減の226億9900万円となった。費用では、給与費が退職補充のための職員採用を行ったことによる新陳代謝などで、前年度比2・1%減の499億6300万円に抑えた。材料費も患者数の減少と薬品の廉価購入で同3・0%減の216億2400万円。

 27病院などのうち、前年度赤字だった北上、磐井など5病院を含めた10病院が黒字。一方で、赤字は宮古と久慈が加わり、17病院となった

岩手の実情は岩手だけのものではない。
自治体病院の多くが似たような危機に直面している。
地域医療の崩壊を身をもって示している一つが自治体病院だろう。医師が立ち去り、標榜科を維持できなくなり、患者が減る。
ちなみに岩手は、全国自治体病院協議会会長・小山田惠氏が県立病院長などを努めてこられたところ。

以前に、自治体病院の危機と医療崩壊を以下のエントリで扱った。

http://blog.goo.ne.jp/longicorn/e/258039d4033a2af91616fbf831aa0634


医療崩壊はこんな形でも現れる。自治体病院の多くが現に多額の赤字を抱え自治体の財政を圧迫している。『クローズアップ現代』がこの問題を取り上げた。
番組案内はこんな具合だ。
しかし、「病院が町を追いつめる」というタイトルは、社会保障が国家財政を圧迫するという政府の宣伝を想起させ、違和感を感じる。実際に自治体病院が苦戦し、自治体財政の大きな負担となっている事実があるにしても、それは一面をとらえたにすぎない。

自治体病院が今、地方自治体を追いつめようとしている。去年6月に成立した「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」によって、平成20年度決算から、これまで一般会計から切り離されてきた自治体病院の会計を連結することが決定。赤字の割合が標準財政規模の40パーセントを超えた自治体は、国から「財政破綻」と判定されることになったからだ。平成17年度の全国の自治体の標準財政規模から試算すると、30を超える自治体が破綻に追い込まれる可能性がでてきたため、各自治体は対応に追われている。北海道・赤平市は、不良債務26億円の市立病院の今後について、住民達にアンケートを実施。「住民の健康」か「町の財政」か。困難な選択が迫る。地方の抱える時限爆弾ともいえる自治体病院の赤字。未曾有の事態に地方自治体、住民はどう対処するのか? 厳しい決断を迫られる地方の現場に迫る。

◇1

クロ現は、北海道赤平市を追った。なにしろ北海道は、国の自治体病院「縮小化」路線に沿って道内94のうち38病院が診療所化されようとしている、医療崩壊がとくに際立っている地域といえるようなところだ。番組によれば、同市の財政規模は47億円。32億円もの赤字を抱える。市立病院の経営赤字が市の財政を危機に直面させているのだ。
けれど、こんなふうにもみることができる。だいいち、地方自治法にのっとって、住民の福祉の増進を図ること(*1)が自治体の仕事だととらえると、病院経営は赤字を抱え込み、一般会計からの繰入をいっそう膨らませる。これが推測できる筋道なのだから。住民の健康を守ろうと努力すればするほど、赤字がふくらむ皮肉な結果となるのだから。
番組のなかでインタビューに応じる同市の高尾弘明市長にも、この立場を保ち続けようとする意思を少なくとも読み取ることができた。実際に、少なからぬ民間が手を出そうとしない、医療の不採算部門を、自治体病院の多くは担っているのである。その結果、小山田惠氏(*2)によれば、全国には1070の自治体病院があるそうだが(05年10月時点)、そのうちの3分の2が赤字を抱えている。平たくいえば自治体病院は赤字を抱える体質をもっているということだ。この背景には、診療報酬の引き下げや政府の低医療費政策などに加え、不採算医療を担うことに対する国の財政措置が削減されてきたことも影響している。これを見逃すことはできない。


◇2
ところが、こんな経過に目をそむけ、あるいはこれを無視し、政府が採るのは民間的経営手法だった。もちろんこの導入を自治体に迫るのである。したがって今日、周りをみまわせば、おそらく少なくないところで自治体病院地方独立行政法人化、指定管理者制度の導入、PFIなど経営形態見直しの動きがみられるだろう。それに刮目された方もあるにちがいない。
ひとことでいって医療に効率化をもちこもうとするこのような思想は、住民にとってどんな結果をもたらすのだろうか。
住民への必要な医療の提供を使命とする自治体病院が、効率最優先へ姿勢を傾斜させることは、すなわち医療への国・自治体の責任・役割の後退を同時に意味している。住民への負担増や医療水準の低下をもたらすことを含意している。別のいいかたをすれば地域の医療は切り捨てられることになる。
経営的手法を迫るだけではない。総務省はまた、医師確保や効率化推進の方策として、自治体病院の再編・ネットワーク化に着手している。これは、地域の医療圏の中核病院に医師を集約化し医療機能を充実させる一方で、その周辺の病院は医療機能を縮小し、後方支援病院・診療所にするというものだ。だから、再編・ネットワーク化は、中核病院のある地域の住民には恩恵を与えるものの、縮小される地域の住民は医療水準が後退する。地域間で医療格差はむしろ拡大する。
住民に近いところで、かゆいところに手のとどく医療を提供することに従来の自治体病院の役割があったとすれば、総務省が考えているネットワーク化は、ちょうど対極のものだといえる。従来の姿が一つひとつの糸はたしかに細いが、網の目のように住民にちかいところまで広がっていたのに対して、太くはあるが、しかし目の粗い連携網をつくろうとしているわけだ。こうたとえることができるだろう。


◇3
2007年6月、「地方財政健全化法」が成立した。財政の健全化を4つの指標ではかり「早期是正」の制度を導入したことが特徴だった。その指標の一つに自治体病院会計と一般会計の連結が入れられた。地域医療をささえる自治体病院が赤字で、連結の指標が悪化すると、国の統制を受けることになりかねない。そのため自治体は、赤字の自治体病院の運営から撤退する方向に向かわざるをえなくなる。
だから、冒頭の番組案内のような、「住民の健康」か「町の財政」か、という二者択一を迫る問題の設定そのものが欺瞞に満ちている。住民が必要とする不採算な部門を自治体病院は担ってきたのだし、不採算を引受ける以上、そこにはどんな形であれ財政的補助が必要なのである。
国庫の投入を削減しつつ、経営悪化を理由に、「健全化」といって再編・効率化を迫る。これでよいのか否か。基本的なところで思想闘争が問われている。
地域の医療のあり方を考える際、不可欠なのは住民とともに考えるということだ。地域医療に住民は何をのぞんでいるのか、地域医療をどのように成り立たせていくか、住民とともに考えていく姿勢がなければ問題の解はえられない。住民不在のやり方では住民のかかりやすさなど保障もされないのだ。


◇4
公営企業の役割は住民の命や暮らしに直結する。そのことをきちんと評価させるとともに、地域医療をささえる自治体病院に対する財政支援の強化や医療制度の変遷の一つひとつを振り返ることが必要である。その際、自治体病院なのだから、その運営に地域住民の声が反映されなければならない。番組では、国広裕子もこれにふれることはなかった。そしてコメントをのべる立場の跡田直澄慶大教授には、政府の政策を所与のものとして議論をすすめる点で不満を私は感じたし、住民意思の尊重を軸にものごとを考えようとする視点を彼のコメントに感じ取ることはできなかった。しかし、それなしには、地域の医療崩壊、端的には自治体病院の役割を再確認することはできない、そうあらためて実感させる番組であった。

クローズアップ現代』の放映は今年2月だが、状況はもちろん少しも変わっていない。