「クローズアップ現代」の鳴らした警鐘。


世界に冠たる日本の国民皆保険制度。だれもが同じように医療の提供を受ける枠組みをつくりえたのだから。
しかし、全国民を何らかの保険で網羅するためには、社会保険でない、それでくくられない階層を保険制度に組み込む必要が当然あった。それが国民健康保険(以下、国保)制度だった。
小規模という概念ですらくくれないような事業所で働く労働者や零細な商工業者などが加入する保険制度だ。無職の人もこれに加入する。一定規模の事業所で働く労働者は社会保険か(健保)組合保険にくくられるわけだから、この国保制度の財政基盤はもとより脆弱であったといえる。

保険の機能を果たせない現実

その国保に、NHK「クローズアップ現代」(1・21放映)が焦点をあてた。題して「命が守れない 〜国民健康保険・滞納急増の裏で〜」。

そう。今、国保制度が、本来の加入者の健康を守る保険制度としての機能を事実上、果たせない事態に直面している。ここに迫った事情について、「クロ現」はこう番組を紹介している。

日本の社会保障の根幹をなす国民健康保険。いま、貧しくて保険料を支払うことができず、医療費10割負担の「資格証明書」を交付される人が急増し、その結果、命を落とすケースが全国で相次いでいる。実は、「病気の人々は保険証を維持できる」というセーフティネットがあるにもかかわらず、それが機能していないのだ。背景には、滞納世帯が増え続ける中、「資格証明書」を積極的に交付し、徴収率を上げることに躍起になっている自治体の姿がある。どれほどの命が、なぜ失われているのか。NHKでは始めて500余りの医療機関を対象にアンケート調査を行うとともに、資格証明書の交付率が全国で2番目に高い広島県の事例を徹底ルポ。命を守るための制度の裏側で何が起きているのかを明らかにするとともに、どうすればいいのか、様々な事例から考える。

国保制度の財政基盤は脆弱であったと先にいった。
保険が制度として成り立つには、大数の法則が成り立たねばならない。ある試行を何回も行えば、確率は一定値に近づくという法則が大数の法則だが、何歳で死亡する割合は何%かとか、何歳でガンにかかる可能性は何%かなどは、契約者数が多数の場合には、ほぼ一定の水準に収斂する。この前提があって、保険料などが計算され、制度を成り立たせることができる。
そうすると、容易に推測がつくことだが、この集団がもともとリスクの高い集団である場合とリスクが分散される場合では、結果に差異が認められるだろう。国民健康保険は、自治体ごとの制度である。その点では加入者数に限度があって大数の法則も利きにくい。しかも加入者の構成の点で明らかにリスクの高い集団から成り立っている。零細自営業者、不安定雇用の労働者などの割合が多くなれば、疾病罹患率も相対的に高いと推測され、それが財政基盤をさらに悪化させるといえるだろう。

資格保険証が死に至る契機

番組は、NHKがおこなったアンケート調査にもとづき、無資格であるという烙印を押された資格証明書を交付され、受診できずに死亡に至ったケースにも焦点をあてていた。資格証明書とは、「平成12年度以降の国民健康保険税から、特別な事情もなく1年以上滞納すると、保険証を返還していただき、代わりに資格証明書を交付します」と公式には説明されている。その前に、更新時において、国民健康保険税を一期以上でも滞納していれば短期保険証が交付される。番組によれば、全国では34万世帯が資格証明書の交付を受けているという。

番組が追った広島市では、アンケートで明らかになった資格証明書の交付を受けて受診できなくなって死亡した41例のうち、18人が同市で発生しているという。死亡した40歳代の男性の死を番組は追いかけている。彼は事業に失敗し、アルバイトなどで生計をたてるしかなかった。しかし、そんな境遇であっても年間8万円にのぼる保険料が彼を追いかけてくる。払えない彼は、安佐南区役所に相談にいき、保険料減免制度の適用を受け年額3万円ほどに減額されたという。短期保険証が交付されるが、不安定な身分では安くなった保険料でさえも払えなくて、ついに資格証明書の交付を受けることになる。資格証明書という名の無資格であることの証明。10割全額を窓口で負担しなくてはならない。経済的に困窮しているから短期保険証、さらに払えなければ資格証明書ということになるわけだから、もともと医療費全額を窓口で払えることなど、不可能なはずである。理不尽ともいえるしくみなのである。保険加入者のセーフティネットがまったく機能していないことがこの道筋で明らかではなかろうか。
最も弱い部分に、「構造改革」という名の新自由主義的施策が牙をむけた結果だといえる。

わが県の状況は…

私の住む県の、自治体ごとの滞納世帯割合が示された資料が手許にある。
その資料によれば、県全体で国保の加入世帯数は約98万6000。そのうち滞納世帯は15万1000を上回る。滞納世帯の割合は実に15.4%である(いずれも数字は、07年6月1日現在)。
番組で紹介された短期保険証、資格証明書を交付されている世帯数は、それぞれ6万5500、2万6500にのぼっている。県全体の国保加入世帯の6.6%、2.7%を占めている。あわせると10%近くになる。要は、短期保険証かあるいは資格証明書を交付された世帯は国保加入世帯の1割に及ぶわけである。事態は深刻である。「クロ現」のいう「命が守れない」事態に少なくともこの1割は直面していることを意味している。

重要な国の役割

番組はまた、自治体の本旨にもとづき、住民のいのちを守ろうとする独自のとりくみを紹介していた。
しかし、私が思うのは、これら自治体の自主性に委ねる、あるいは任せるのでなく、根本のところでの国の明確な方向づけが不可欠だということだ。
資格証明書や短期保険証の交付をあらためて、滞納せざるをえない世帯への弾力的な対応を国が示し、自治体行政を指導すべきではないか。

冒頭で、世界に冠たる日本の国民皆保険制度とよんだ。その皆保険制度が機能不全に陥っている。事実上、保険でカバーされない人たちが私たちの周りには多数、存在しているということだ。本来の保険証をとりあげ、無資格であることを証明するともいえる資格証明書や短期保険証の交付の制度化がそれを生み出してきた。
そして、社会の貧困化に拍車をかけた構造改革は、もともと制度的にもろさを抱えてきた国保制度の基盤をさらに危ういものにしている。

医療崩壊への警鐘鳴らす

医療を提供する側の医師の過酷な労働環境とそれにともなう地域の医療崩壊がようやくクローズアップされてきた。一方で、医療保険制度への全員加入が前提とされるはずの日本で、医療を受ける側は、国保加入者のように、制度から締め出される状況がしだいに広がっている。これもまた、医療崩壊といえないのか。
つまり、今回、「クローズアップ現代」が浮き彫りにした国保の実態をとおして、日本の医療が制度的にどんな事態にたち至っているのか、その機能不全を明らかにした。
このままでは日本の医療がなりたたない。そう警鐘を鳴らしているのではないか。