税はどこからとる。

毎日新聞のコラムだ。長くはないので全文をあげる。

発信箱:つつましい老人医療=野沢和弘
http://mainichi.jp/select/opinion/hasshinbako/news/20080601k0000m070087000c.html


 国民医療費33兆円のうち11兆円が高齢者、1人当たりの高齢者の医療費は若年世代の4倍以上−−といわれると、病院でチューブやセンサーの管を体中に付けられているスパゲティ症候群のような過剰医療を思い浮かべる人がいるかもしれない。高齢者の医療費を抑制するための世論形成に使われそうだが、それはちょっと違うのではないか。

 死亡するまでの一定期間の医療費を年齢別に比較したところ、高齢になるほど低いという調査結果がある。その分介護に費用がかかるケースもあるが、医療も介護も手が届かずに孤独死する高齢者だって毎年多数いる。最近は高額な先進医療を対象にした民間医療保険が人気だそうだが、後期高齢者はそうした潮流からも取り残されている。

 高齢になるほど病気にかかることが多くなり、その高齢者が猛烈な勢いで増えているのだから医療費も増えるのであって、むしろ一人ひとりの高齢者を見れば、つつましく医療を受けている人が多いのではないか。さらに抑制すればどのような現実をもたらすだろう。

 たしかに後期高齢者医療制度を廃止しただけでは医療保険そのものが破綻(はたん)するのは目に見えている。空からカネが降ってくるわけではないから、どこかを削って財源を確保しなければならない。

 特別会計や行政の無駄を徹底して見直せば既得権益を失う人々が抵抗し、消費税を上げようとすれば庶民は猛反発するだろう。だからといって何もやらないのは、戦中戦後のこの国を支えてきた人々に「早く死んでください」というようなものではないか。

高い、高いといわれる高齢者の医療の実際についてデータを参照してふれたものだ。その上での結論が、すなわちつつましいということだろう。

膨らむ社会保障費をどうするのか。
この設問に答えるとき、その人の立場がはっきりと出る。

この間の自民党政府の対応は、5年間で1兆1000億円という数字がたびたび持ち出されてきたように、明確に社会保障を削減するというものであった。社会保障費の削減は、所得の再分配という視点でみれば、結果的に垂直的分配をフラット化する方向に作用してきたといえる。
税をどのように使うかという角度では、社会保障の削減は以上のように概略、描くことができるだろう。
けれど、自民党政府は、税金の使い道で、庶民にしわ寄せを強いただけではない。
税をどこからとるかという点でみても、以下のように低所得者は負担を強いられてきた。法人税減税や所得税の累進性の緩和が図られれば、(仮に歳出を削る策がとられたとしても)法人税減税分や所得税の減収分を補う税源が必要になるわけで、消費税増税がその役割の一端を担ってきた。

つまり、税の恩恵を受けるという意味で、税の負担という意味で、庶民は二重の負担をしてきたわけだ。以上は、庶民の側からこの間をふりかえったことになる。逆に、大企業の側からみれば、法人税の税率が下がり、消費税では輸出企業は戻し税がある、その他の企業優遇税制は拡大され、つまるところ税負担の面では幾重にも軽減されてきたといえる。
しかも、企業が負担すべき社会保険料は、正規雇用から非正規雇用や派遣などへの置き換えによって、法定福利費の削減に成功してきた。結果的に、大企業は資金、内部留保を拡大する条件がふえたということになる。

社会保障費をどうするのかという問題を議論するためには、これまでのこの経過を前提におかなくてはいけない。
冒頭にあげた「毎日」のコラムの、どこかに歯切れの悪さを感じるのは、実はこの点にある、と私は思う。

空からカネが降ってくるわけではないから、どこかを削って財源を確保しなければならない

とはいってはみるのだが。
ようするに、税をどこからとるか二項対立的にいえば、税を大企業からか、それとも庶民からか、という問題である。
税がどのようにとられ、どこに使われてきたのか、事実をあげてみれば、その解決法がみてとれるというもののはずなのだが。
「毎日」ばかりではなく日本の新聞メディアは、情けないことにそこに踏み込まない。税金はもっと大企業から取るべきだ。その条件は十分ある。