議員定数削減と「わが身を切る」ということ

消費税増税の前にまずわが身を切れ。これが今や当たり前のように何の抵抗もなく語られている。メディアが繰り返し伝えてきたこの「まずわが身を切れ」というメッセージは、議員定数の削減を意味するし、有権者もこの理解をしごく当然ともいうべき態度でむかえ世論が今日、形成されているといってよい。しかし、疑問に思うのは、仮にこの論脈に従ったとしても*1、国会議員の定数削減というものがはたして政党あるいは国会議員の「わが身を切る」ことになるのかどうかということだ。先回りしていえば、そうとはいえない。

政府の思惑が、別のいい方をすれば消費税法案を通過させるまでの工程が、少しばかりみえてきたように思う。野党だけでなく、党内の反対派も抑えなければならず、中でも野田政権がよびかけている協議に応じない態度を今も明確にしている自公を相手にして、法案を審議入りさせ成立させるには、少なくとも法案審議を拒否できないような条件づくりが必要となる。そのための絡め手が有権者が後押しする議員定数削減法案ということになると思う。自公は、政権が議員定数削減をちらつかせている現在、これまで同様に協議自体に反対する態度に固執し続けることは安易にはできなくなってしまったといえる。今後は、増税法案と議員定数削減法案の取り扱いを軸にどの時点で合意し、自公にとっては野田に解散を約束させるかという問題に移るのかもしれない。
このように増税のためのいわばカードに位置づけられた感じがぬぐえない議員定数削減問題だが、喧伝されているような「身を削る」に値するものではないと思う。それは以下の理由による。

  1. 議員数を削減しても、政党助成金*2の総額(議員全員で合計約320億円)は削減されず、政党は助成金をうけとることができるし、議員一人あたりの助成金額が増える結果となる。
  2. 当選した議員は従来どおりの歳費をうけとることができる。落選した議員が受け取れないのは定数が削減されようとしまいと同じことである。

したがって、政党助成金の算出の前提を変え、たとえば現行方法*3にならえば国民一人あたりの金額を減少させない限り、助成金総額は減りようがないのだから、政党・国会議員側からみて身を切ったとは到底いえない話になる。これまでも議員定数は削減されたことがある。だが、その際も政党助成金は削減されず、国民一人あたり250円の基準はかわっていない*4。基準がかわらなければ助成金総額は担保され、たとえ定数を減らしたとしても議員一人あたりの金額がその分増えるだけのことにすぎない*5。だから、身を切れというメッセージは、今語られている範囲のものであればまったく無内容に近い、ちゃちなものであって、むしろ消費税増税議員定数削減を同時に成し遂げようとする政府の計算がみてとれるといってよいのではないか。
あたかも増税する前に議員定数の削減によって身を削ったかのようにみせかけ、実は、有権者の「合意」をとりつけながら消費税増税の条件を整えつつ、一方で選挙制度をさらに非民主的な方向にかえようとする点に注目したいと思う。民主党案では、議員定数削減の対象は現行180から100にかえるという比例定数だからである。そうなれば、いよいよ民意と選挙結果は乖離してしまう結果となる。消費税増税にたいする有権者の風当たりは強いが、あえていえば増税を容認してもらうためのハードルとして議員定数削減が語られることによって、より小選挙区に重きを置いた選挙制度にかえようとするねらいを視野にきちんといれておいたほうがよい。

*1:当然、消費税増税は避けられないのかどうかというそもそもの議論がある。

*2:政党助成の金額は西欧諸国と比較しても日本ははるかに高い。アメリカ:制度自体がない。イタリア:1993年に廃止。イギリス:約2億9200万円。フランス:年間98億円。自由法曹団調べ

*3:直近の国勢調査で判明した人口を元に計算され、投票権がない未成年や外国人も含まれる。

*4:政党助成法第3章第7条

*5:むろん定数削減によって歳費は減少する。ただ、その金額は民主党の削減案によってもせいぜい30億円程度にすぎない。