医療の社会的役割をとらえ直す −その経済波及効果


毎日新聞」の「医療クライシス」という連載について。
連載4回目は、医療の波及効果がテーマ。
http://mainichi.jp/select/science/news/20080620ddm002040075000c.html*1

財政を圧迫するという理由で社会保障費を抑制してきたツケが今、たとえば医療崩壊という形で回ってきている。一方で、現場の医師や医療従事者からは医療崩壊にたいする警鐘が鳴され世論に訴えてきた結果、いまや国民の認識をかえつつある。したがって、政府もその声に押され、対応せざるをえなくなっている。それは、最近の、医師養成数を増やすということを政府が決めたことにも端的に表れている。
医療は金がかかるばかりで経済成長にとってもマイナスだとか、社会保障への負担増が国際的な競争力をそぐなどという所説に私たちはしばしば遭遇するのだが、ほんとうにそうなのだろうか。
記事は、その是非をめぐって専門家の意見を反映させたものである。

記事で紹介されている医療機関の支出は、

07年度、同病院の支出総額は164億8000万円。人件費が61億円で最も多く、薬剤費21億1000万円、カテーテルなどの診療材料費約17億円などが続く。外部の業者への業務委託費も18億2400万円に達する。

多くの医療機関もほぼ同様の状況である。労働集約性が高い医療は、人件費が支出の半分近くを占める。
そのことが、むしろ記事にあるように、雇用を生み出し経済波及効果が大きい一因にもなっている。それだけではなく、だから、とくに、最近の国民の所得が下がり、家計が冷え消費に回らない状況が経済の健全な発展を妨げているのを転換していく上でも、この波及効果を生かし社会保障を充実させていく方向が採られないといけないだろう。

実際に、波及効果はどのようにとらえられるのか。
厚労省は、「社会保障と経済について」という文書で、見解を示している。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyou/dai8/8siryou3.pdf

その要点は以下のとおりである。

  • 社会保障にたいする税・保険料が経済成長にとってマイナス効果をもたらすという意見を、定説はないとして斥けている。
  • また、社会保障費の上昇分は無視できるという見地を紹介した上で、社会保険料と税の増加の寄与度は2%にすぎないといいきっている。

ようするに、経済成長にとっても、国際的な競争力についても社会保障費の増加が影響を与えることは少ないと厚労省はいっているわけである。
その意味で、大村昭人氏*2の意見は耳を傾けるに値する。

医療機関の存在による経済波及効果は非常に大きい。医療に関連する研究機関や産業が広がり、雇用も生み出す。そもそも、医療機関自体が、治療により労働力を再生産する場所でもある。

とくに、(医療というのは)労働力を再生産するという見地は、医療に金を投じても社会にとっても、個人にとっても、それが健全な経済の成長に結びつくという点でしっかりと拠ってたつべきものではないか。

いまさかんに、消費税増税によって社会保障の財源をまかなうという宣伝文句で打ち出されつつ、一方で社会保障の抑制は堅持するという政府の立場がくりかえし表明されている。
しかし、社会保障が経済成長を妨げたり、国際競争力を弱めたりはしないというのが、ここでみてきたことであった。それだけではなくむしろ社会保障を充実させる方向こそ、経済への波及効果が大きいという見解もある。
だから、社会保障の拡充が現実的な対応として求められているといえる。
その上で、社会保障をどう支えるのかという議論もあるだろう。しばしば財界は税負担率をもちだし国際競争力が低下すると吹聴するのだけれど、これもまた、保険料と税の増加の影響は微々たるものと厚労省自身がいってきたことだ。

政府与党内でも社会保障抑制は限界という意見も最近、表に出てくるようになった。
社会保障抑制の是非とは別に、あるいはとおり超えて、今は、だれがこれを負担するかという論点に収斂されてきているように思う。
この点でも、(医療は)労働力を再生産するという立場で把握する必要があるし、それだけに企業の負担を明確に位置づけなければならない。