医療費を抑制するための便法。


http://mainichi.jp/select/science/news/20080415k0000m040124000c.html


経済的な理由で、医療機関にかかることをやめた経験をもつ者が3割に及ぶ。
こんな結果が、日本医療政策機構*1の調査で明らかになった。
記事がいうように、この間の「制度改正」で自己負担は原則3割となっているため、受診すれば、それなりの医療費を窓口で支払わねばならない。調査結果が示しているのは、この自己負担という費用がかかるために、自分の懐具合をみながら受診をあきらめる者が3人に1人程度の割合でいるという事実だ。
自己負担は、確実に医療を受けることのできない人をつくる。
いうまでもなく、自己負担は所得の多寡にかかわらず、同じ医療内容であれば、同じ医療費のはずである。したがって自己負担は、低所得者ほど負担感が強い。
だから、「低所得層(年間世帯収入300万円未満など)では39%に達する。高所得層(同800万円以上など)は18%、中間層は29%で、低所得層ほど受診を控えていた」という結果のとおり、低所得者ほど抑制する傾向が強くなる。

これは、社会保障の本来の機能であるはずの所得再分配からすると、まったく逆の結果ともいえる。所得再分配は、所得の高い人から低い人へ、結果的に垂直的に所得を分配するしくみのはずだが、給付面で低所得者が疎外されると、その機能が現実に停止していることを意味している。
比較的所得の高い人は必要な医療をうけることができる一方で、必要な医療を低所得者は受けられないというまさに矛盾がそこにある。

その結果、以下の研究が指摘するような健康格差が生じかねない。
格差社会は健康をむしばむ

近藤克則氏が指摘したのは以下のデータをもとに、「日本でも階層間で約5倍もの健康格差がある」ということだった。

氏は、3万3千人のデータをもとに、抑うつと所得との関係をみた。所得が低い(等価所得が年間200万円未満)層は、所得が高い層(同400万円以上)より、転倒経験率や健康診断の非受診率が高かった。

この近藤氏の説くところは、今回の日本医療政策機構の調査結果が別の角度から裏づけている。
つまるところ、経済的困窮が受診から疎外し、その結果、いっそうの健康悪化をもたらすということだ。

自己責任論はどこにでもころがっている。
健康は自分で守るものだというように。しかし、冒頭の調査や近藤氏の指摘にも共通するのは、自分で守ろうにも守れない人が現実に存在するということであって、そこに手をさしのべる政治がないと、結果的にコスト増をもたらすということだ。医療費抑制に汲々とする手合にとっては皮肉というほかない。

1割であっても、3割であっても、医療費の自己負担は現にその引き金になっている。
これまでの医療制度の改定では、長年、長瀬指数*2にもとづいて、受診抑制がどのような「効果」をもたらすかを試算の上で、厚労省は医療費を抑制してきた経過があるくらいだ。
確実に自己負担は医療から人を遠ざけるのである。仮に、医療費がそのことで抑制されるとすれば、それは低所得者が受診を控えてからにほかならないといえるだろう。

少なくとも、これまでの政策的対応は、およそ社会保障の本来の姿からみるならば、逆の道をたどっていると断言できるのではないか。
長寿医療制度というものがスタートしたこの4月、なおさらそう感じるのだ。



追記;「第096回国会 社会労働委員会 第15号議事録(1982年7月6日)」には次の質問が載っている。

○沓脱タケ子君 大体私が聞いたことに答えてくれなかったんですがね。私は、さっきから御指摘申し上げたように、財政当局や自民党さんがなぜこれほど一部負担に固執するか、大臣どう思われますかと聞いたんですがね。これはもう時間がありませんから私が申し上げますが、非常にはっきりしているんです。
 大臣が再々いままでおっしゃったように、健康に対する自覚を持っていただくとかなんとかという、そんななまやさしいことじゃないんです。ここに自由民主党発行の「日本型福祉社会」という本がありますが、これの百六十二ページにこういうふうに書いてありますわ。
 今後、医療費の無駄な膨張を避けるためにはどうすればよいだろうか。答は一つしかない。それは「長瀬関数A式」のXを大きくすること、特にゼロでなくすること、である。いいかえれば、患者の自己負担分をふやすことである。

*1:http://www.healthpolicy-institute.org/ja/。調査結果はこちら

*2:患者負担の割合とこれに対する医療費の関係を明らかにした算定式で、旧内務省で使われていたとされます。この式によれば患者負担無しの場合を1とすると、医療費負担が1割で0.848、2割で0.712となり、3割では0.592と、医療費を4割以上削減できることが予測できるわけです。つまり今の厚労省の医療費削減の方程式ともいえるものです。 http://blog.goo.ne.jp/longicorn/e/de925aadadc7fd0510ba932e7edf883b