橋下こそ憲法を学ぶべき。 


橋下徹次期大阪府知事が岩国の住民投票には反対と語ったそうである(参照)。この発言が、橋下当選の余勢を借りて岩国市長選を有利に導こうとするところにねらいがあることは、想像にかたくない。それだけではなくて、ここで問題にするのは、橋下氏の発言の中身だ。
この人物の発言を記事によって列記すると、

  • 国の防衛政策に地方自治体が異議を差し挟むべきでない
  • 岩国の人たちが住民投票をやることには反対(過去に発言)

となる。
前者と後者はそれぞれ異なる2つのことをいっているが、つぎの点で共通する。それは、住民の自治地方自治をまったく理解していないか、あるいはそれを敵視しているかのいずれかということである。大げさにいえば目を疑うほどの、この人物の時代錯誤をあらためて実感する。
前岩国市長・井原勝介氏はもちろんこれに反論している。氏の発言もまた記事(参照)より引用すると、

  • 大阪府で国政と民意が相反した場合、橋下氏は府民の声を尊重して国にものを言わないのだろうか
  • 国防政策だから、国の専管事項だからと言って、主権者たる市民が声を上げることは制限されないはず
  • 私は住民投票や(前回06年の)市長選で示された民意に基づき国にもの申している。(大阪でも)府民の声を尊重して国にものを言うのが知事の責任ではないか

と、もっともな意見だと私は思う。
大阪府で国政と民意が相反した場合」と氏が発言するように、自治体では国の施策に物申すことは多い。たとえば、議会で意見書をあげることも少なくはない。自治体の施策が国庫からの補助をふくめて成り立っている場合、国庫補助金の増減は施策そのものの成り行きを大きく左右することになりかねない。一例をあげると、国民健康保険制度のように。だから、国庫補助が減額されるような場合、議員提案などによって議会は(国への)意見書を採択する。井原氏がいう民意がそこにある場合、自治体合併などでは、国の方針とは異なって、結果的に合併しない自治体も生まれているではないか。

その上で、日本国憲法は、住民投票という地方自治、住民自治の制度を国民に与えた。

一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。(95条)

この条文は、特定の地方自治体にのみ適用される特別法を制定しようとするときは、住民の投票の結果、過半数の賛成がなければ制定できないと、不利益を課すような法律を安易に制定しないように定めたものだ。ようするに民意を確認しなければばいけないのである。
これが日本国憲法の規定による住民投票だが、もう一つ地方自治法の定めによって住民投票を保障している。橋下という人物が言及しているのはこの後者の住民投票である。これは、解散及び解職の請求による場合、自治体の条例の規定による場合、そして「平成の大合併」とよばれてきたが合併特例法の規定による場合がある。


岩国の住民投票は、米空母艦載機部隊の岩国基地移駐の賛否を問うものであった。
小泉元首相は在任当時、米軍再編について「地元の自治体と事前に協議し了承をもらったら米側と交渉する」(2004年10月)といっていた。しかし、事前の相談どころか、詳細な情報も提供せず、防衛施設庁地元調整実施本部が地方防衛施設局に、地方議会の基地再編反対決議を阻止するよう電子メールで指示していたことされ伝えられていた(参照)。
こんな政府の対応を前に、岩国市の住民投票は、つぎの2つの点で意義あるものだった。
第一に、地方自治を守るうえでの全国的な意義、第二に、米軍再編に反対する自治体の願いを反映する上での意義。
だから、こうした経過をふまえると、橋下発言は、あえてこう呼ぶが、支配層が、岩国市長選をどのように位置づけているかを示す発言だといえそうだ。

山脇直司氏は、滅私奉公と自己中心主義の合一を説いた*1。橋下次期知事ほど、それにぴったりあてはまる人物はいないのではないか。つまり、滅私奉公の心性には、身内以外の視点がない。身内以外の他者感覚は喪失している。だから、自分が他者に生かされているという発想も、自分が他者を大切にするという発想もまずない。滅私奉公と自己中心主義という考えと生き様がまるで正反対のもののようにみえながら、実は、そこに他者がないという意味で通底しているわけである。
自治体首長は、常に住民の意思、民意を重視しないといけない立場だと思う。橋下という人物は、その発言にみられるようにこれとは正反対の立場に立つ。つまるところ府民無視のそれである。他者感覚の欠如した首長を仰ぐ、彼に投票した府民は、府民無視という立場を選択した責任を自ら引き受けなければならない。
そして、何よりも、この人物が語ったという「憲法を勉強すべきだ」という言葉は、そっくり彼に返さなければならない。


PS;橋下氏は住民投票は制限されているといって、逆に住民の地方自治を希求する意思を抑え込もうとしています。むしろ私は、現在の法体系のもとでの限界があると思います。住民が住民投票を求める場合の条件の厳しさを実感します。この場合、住民投票を実現するには直接請求を経なければなりません。その手続きの複雑さは、住民の自治という点でみれば、集めなければならない署名数、そして複雑な手続きなど、きわめて高いハードルをくぐらなくてはなりません。
しかも、ハードルをクリアしたからといって実現するわけではない。実現するためには議会の承認をえなくてはならないのです。住民投票で民意を問おうという場合、当該の扱う問題のいかんによって制限されるものではないでしょう。



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