「世界最高の所得水準を実現する」の欺瞞性

日本には2人の総理がいるといわれている。そのうちの一人、財界総理の御手洗富士夫経団連会長が所感をのべている。
10年内に世界最高の所得水準を実現する政策結集が必要=経団連

記事だけでは分かりにくいので、経団連のホームページ*1によると、その冒頭でこうのべている。

われわれは、本2008年を、日本経済の次なる「躍動の10年」に向けたスタートをきる年にしたい。
いま、わが国の行く手には、少子高齢化と人口減少の同時進行、新興経済国の発展・追い上げ、地球温暖化問題の重要性の高まりなど、課題が山積している。
足もとでは、サブプライムローン問題を端緒とする国際信用不安の発生と米国経済の減速懸念、原油をはじめとする原材料価格の高騰などにより世界経済の動向が懸念されている。また、いわゆるねじれ国会に象徴されるように国内の政治動向にも不透明感が生じている。
こうしたことから、国民の間に先行きへの閉塞感が広がっている。
しかし、悲観からは何も生まれない。今まさに必要なことは、国民一人ひとりが豊かな生活を享受できる「希望の国」の実現に向けて、国全体で共有できる明確な目標を設定し、現状の閉塞感を打ち破り、躍動する日本経済を築いていくことである。

改憲にまで踏み込んだ昨年の所感と比較すれば、違いは歴然としている。財界を取り巻く環境の厳しさを色濃く反映。経団連会長・御手洗が強調したのは、今後10年で「世界最高の所得水準」の実現ということなのだが、この現状認識をして欺瞞に満ちている。

豊かな国民生活は確固たる経済成長を通じてもたらされる。しかし、わが国の経済規模は過去10年来伸びておらず、一人あたり国民所得の国際的な順位は大きく落ち込んでいる。
いま国民が感じている閉塞感は、成長が足踏みしていることによる面も大きく、いわゆる格差問題への対応も、全体の規模拡大がなければ限られたパイの奪い合いに陥りかねない。
今後10年以内に主要国中で最高水準の所得を実現することを目指し、あらゆる政策手段を結集すべきである。

強く疑念を抱くのは、2つの点を隠していること。一つは、一人あたり国民所得が大きく落ち込んだ要因は財界・大企業にかかわること。2つめに、その一方で財界・大企業の好調、膨大な経常利益を確保してきたという事実がること。
今後「パイの奪い合いに陥りかねない」というのだけれど、強引にパイを奪ってきたのはほかならぬ財界・大企業だ。その結果、平たくいえば二極化が進行した。一方の極には貧困という現象が滞留し、蓄積されてきた。その一端を、たとえば役員報酬と労働者の賃金の推移にみれば、格差の拡大が明らかになる*2
木をみて森をみないというが、所感は、所得が落ち込んだという森をみたのだが、木をみずにその内部の貧困と格差を隠している。

こんな事実にほおかぶりする財界の集団が、今後、パイを奪い合うことになるというのも笑止千万ではないか。むしろ現状のパイの配分を根本から変えるべき。そうすれば、国民の暮らしは現状でも少しは改善するだろう。購買力がうんぬんされているのだから、その点でも国内消費アップが期待できる。
今年の年頭所感は、成長路線にその基調があるが、貧困とか格差を解決するための問題は、経済成長するかどうかにあるのではなく、成果を労働者に還元しようとしない大企業の態度にあると思う。法外な内部留保をあらためて労働者の賃金に回すべきだ。



PS;2007年版「労働経済の分析」(「労働経済白書」)でさえ、景気の回復期間が戦後最長とされ、企業の売上高経常利益率がバブル期のピークをも超えるもとで、労働者の賃金が抑制される一方、株主への配当、役員賞与と内部留保が急増していることを認めています。その上で、雇用者報酬と消費需要が伸びないことから、企業が需要拡大を海外市場に求めるという「需要構造の歪(ゆが)みが広がっている」と指摘しています。

*1:成長創造 〜躍動の10年へ〜。http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2008/001.html

*2:上図参照。役員報酬は、01年度・8239億円から05年度・1兆5453億円とほぼ2倍に。従業員・労働者は同様に比較すると、41兆6689億円から40兆2873億円と1兆3816億円も減少しています(数字は、いずれも資本金10億円以上の大企業のもの)。