神の領域はどこにある…


神はどこに在るのか。子どものころの疑問だった。といっても、思想家の思索というものではむろんない。神さまって、いる、いない、という単純な話だ。見ない、見えない神さまって、いったいどんな「人」か、そんな他愛のないものだったように思う。
物理学と神 (集英社新書)』。池内了さんの手による物理学の入門書といえる。けれど、中身は科学史ともいえるような、とりつきやすい内容だ。神と物理学はつねに同時代を生きてきた。

池内さんによれば、

神は、本来、対称(平等、一様、対等、普遍)な原理的な現実世界を創ることに腐心してきたと考えざるをえないのだ


自ら対称世界を具現しつつ、それを否定しなければ自らが存在しえない――神は大いなる矛盾に遭遇しているといえそうだ。

ということになる。至言。
だから、神はいいかえれば、

神が本来、対称の世界、普遍的世界を創造する存在であるとすれば、現実は、まるでそれに逆らっているかのようである。つまり、現実は対称性を突き抜けないと、ありえないということなのだろう。現実は非対称なのであって、だから、むしろ神は、非対称の世界をつくろうとしてきたともいえるかもしれない。 http://d.hatena.ne.jp/coleo/20070926/1190778833

わたしたちは、難問に直面し、カオスの世界に陥ったとき、神の見えざる手を借りてきた。知の世界は広がり、それにともない神はまた、みえないところにその姿を隠してしまった。追えども追えども神はみつからないのだ。しかし、未知の世界を前に、きまってそこに神の領域をみるのではないか。