健康にも不平等がある


健康にも不平等がある――近藤克則氏が著書『健康格差社会』でその可能性をずばり指摘したとき、視野がぐっと広がる気がした。社会的な地位や収入の差がどのように健康を脅かし、さらには寿命をも左右するのか、近藤氏の言説によって少し議論がすんだように思う。
社会保障や税負担が所得の再分配にかかわり、その結果がおそらく個々人の健康に影響を与えるだろうことは頭の中では理解しているつもりだったが、上記の『健康格差社会』で豊富なデータにもとづき暴かれた。
格差社会は確実に日本国民の健康をむしばみ、それだけではなく寿命をも縮めているといえそうだ。
近藤氏は以前にインタビューを受け自説を語った*1。氏は、3万3千人のデータをもとに、抑うつと所得との関係をみた。所得が低い層*2は、所得が高い層(同400万円以上)より、転倒経験率や健康診断の非受診率が高かった。一日に歩く時間も短い。歯がほとんどない者の割合も低所得者層で多い。近藤氏は、「日本でも階層間で約5倍もの健康格差がある」と指摘する。
たしかに、所得水準が低ければ、受診する機会は相対的に少なくなると推測がつく。負担があるために受診を減らさざるをえないという心理が必然的に働くだろう。受診の機会がなければ、お年寄りの転倒が増えるだろうし、費用のかかる健康診断は敬遠されるだろう。そうせざるをえなくなるのだ。命に直接かかわらない歯の治療などは論外だし、治療するにしても結果的に最後に回されるだろう。

――日本社会でも格差への関心が高まっています。格差がその国の平均寿命にも影響するというのは本当ですか。
「米国とキューバを比較するとわかりやすい。国民一人あたりの国内総生産(GDP)は米国が5倍以上だが、両国の平均寿命はほとんど変わらない。貧富の差が激しい米国はGDP比で世界トップの医療費水準だが、医療保険のない無保険者が4000万人以上いる。一方で富裕層中心に100歳以上の超長寿者も多い」
「国民一人あたりのGDPが5000ドルまでは、額が伸びるほどその国の平均寿命は右肩上がりで上昇する。国が豊かになり栄養・衛生状態が改善してくるからだ。ただ、5000ドルを超すとほぼ横ばい。むしろジニ係数のような所得分配の不平等の差が国民の健康状態や寿命を左右するようになる。これが相対所得仮説と呼ばれる考え方だ」

競争社会になれば、「勝ち組」はいつ自分も「負け組」になるのかという不安に苛まれる。格差が大きい社会ほどストレスは大きくなるだろう。自分におきかえたらよい。
近藤氏は講演会でいつもつぎのように質問をするという。
あなたの年収が600万円で周囲の人の平均より100万円少ないケースと、年収が500万円で周囲より100万円多いケースとでは、どちらがストレスを感じなくてすむか? 8、9割の人が絶対額が少ないのに後者を選ぶというのだ。

議論はこれから尽くされないといけない。だが、格差社会は「健康の不平等」を生む可能性は近藤氏によって明らかにされたといってよいのではないか。

*1:日経新聞』1月28日

*2:等価所得が年間200万円未満。等価所得は、世帯所得を世帯人数の平方根で割ったもの。